やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

「オーストラリアの新太平洋戦略」

「オーストラリアの新太平洋戦略」

オーストラリアのラッド新政権が策定した「新太平洋戦略」とでも呼ぶべき報告書、”Security challenges facing Papua New Guinea and the island states of the southwest Pacific Vol. II”が2010年2月25日に公表された。先週のことだ。 Vol.Iは2009年11月19日に公表されている。

Vol. Iは経済・開発が中心で今回のVOL. IIは安全保障が中心。Vol. IIではPacific Patrol Boat Program(PPBP)の今後について述べられている。

PPBPに関する提言は下記の2点。

1.2009年に発表された国防白書にあるように地域海洋安全保障政策に則して展開して行く。PIF他ドナーの協力を得て地域イニシアチブによる活動にする。(Recommendation 3)

2.現状の限定的な沿岸警備能力に対し、情報の共有と「超国家」的枠組みになるよう改善していく。そのためにRegional Maritime Coordination Centerの設置を提案する。(Recommendation 4)

PPBについては既に報告させていただいているが、再度概要をまとめる。

PPBの開始は1979年に遡る。200海里制定に先駆け、太平洋島嶼国も自国の海域を宣言したものの、それを監視する能力がなく、オーストラリア、ニュージーランドに支援を要請したのがきっかけである。当初、オーストラリア政府は5カ国対し10隻を寄贈することとしたが、1997年までに22隻, 115.25 million豪ドルに相当する監視船を提供。冷戦終結以降、米国の太平洋への関心は一気に後退し、現在PPB が唯一の当該地域の海洋警備体制である。

しかしながら、同プログラムは自立するどころか豪政府の負担が増えるばかりで、効率的な運用もされておらず、国防省は後ろ向き。2009年8月に開催されたケアンズのフォーラム総会の議事録には、PPBは評価の上、新しい事業に差し替えたい、とあった。

笹川平和財団がこの案件を開始したのが2008年の5月である。オーストラリア政府が上記報告書を策定するための議員調査委員会を設置したのが2008年6月24日でほぼ同時だ。笹川平和財団は2008年7月にAustralian Strategic Policy Institute のDr Anthony Berginを招き「オーストラリア新政権の太平洋島嶼政策と海洋安全保障政策」の勉強会を実施した。Bergin氏は同報告書の提案にある”Regional Maritime Coordination Center”の提案者だ。

どうも堂々巡りをしている感じだ。我々は最初からオーストラリア新太平洋戦略の答えを知っていたことになる。我々の活動がオーストラリアの新太平洋戦略に与えた影響は大きかった可能性は充分ある。

今回の報告書を読むと、この半年間で同調査委員会の方向は変わったようだ。笹川平和財団の動き、米国新政権の太平洋への関心が高まったことが原因か?即ち仲間らしきアクターが現れ、PPBの継続に光を得た、ということか?

報告書には、毎日5千隻の船が太平洋を行き来し、大型船から小型船に麻薬が引き渡され、無人島で次の動きを待つ、という例も示されている。島嶼国は無防備どころか犯罪を誘因している側面もある。太平洋の安全保障の現状にオーストラリア議員が目を開いた、ということか?

2010年1月に予定されていたクリントン長官の太平洋訪問はパプアニューギニアに半日、ニュージーランドに半日、そしてオーストラリアに2日取ってあったという。オーストラリア政府との太平洋地域安全保障協議が主要な訪問理由。ハイチ地震で急な中止となったが再調整中だ。他方岡田外相のオーストラリア訪問は捕鯨問題が浮き彫りにされてしまった。

越境犯罪、マネーロンダリング汚職等々、法律の緩い島嶼国を利用したシステムを利用しているのも、島の人に悪い事を教えたのもオーストラリア人始め旧宗主国の人々だ。同報告書には案の定、日本と台湾漁船の違法操業の事例が上げられおり、自分たちの事は棚に上げている。

しかし、オーストラリアの太平洋島嶼国に関する知識、実績、人脈と影響力はその善し悪しを別にして世界トップだ。太刀打ちはできない。こちらは入り身の術でねじ伏せるしかない。

気になるのはRMCCをPIFを中心に展開するという内容だ。PIFは実質オーストラリアの縄張りだ。またRMCCを「太平洋越境犯罪取締ネットワーク」(Pacific Transnational Crime Network)に連携させることが提案されている。既に豪海軍と連邦警察の連携も試みられている。

それと、この報告書のタイトルには"Southwest Pacific"とあり"North Pacific"のミクロネシア3国は対象としていない。ミクロネシアは米国と日本に任せる、ということか?

明日の会議でオーストラリアがどのような発表をするのか、興味深い。

* 報告書は下記からダウンロードできる。

“Inquiry into the economic and security challenges facing Papua New Guinea and the island states of the southwest Pacific”

http://www.aph.gov.au/senate/committee/fadt_ctte/swpacific/index.htm

(文責:早川理恵子 2010年3月1日)