やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

見えざる手は誰の手か?

見えざる手は誰の手か?

 レッセフェール、市場(原理)主義を支える一つの概念が「神の見えざる手」である。自己利益を追求すれば、自ずとこの「見えざる手」によって社会全体を繁栄に導く、というアダム・スミスが唱えた説だ。

 この神とは今日がお誕生日のイエス・キリストではなく、宇宙の神ジュピターであることをJETROの元理事に話したら「全く知らなかった」と驚かれたので、意外と知られていない話しなのかもしれない、と思い、今年最後の島レポートにさせていただきます。

 スミスはキリスト教よりもストア主義の影響を受けた。どちらかと言うとキリスト教には批判的な考えを示している。ストア派ギリシャ哲学の一派で、徳と平静を重んじる。よってスミスが目指したのは「宇宙の摂理」である。これって「曼荼羅観」と同じではないか?と勝手に想像している。

 スミスのもう一つのキーワードが「共感=Sympathy」である。即ち人間は他人を騙したり、傷つけたりしてまで自己利益を追求しない、とスミスは信じていた。スコットランド人のスミスは「経済学の父」として有名だが、本来は道徳哲学の教授であった。彼が晩年まで力を入れたのは『国富論』ではなく『感情道徳論』の方である。アマルティア・センも経済学の議論の中でスミスのいう「共感」を何度も指摘している。

 2009年は1759年に出版された『感情道徳論』の250周年だった。同年9月にはセンがスティグリッツと共に新しい社会開発指標を発表した。簡単に言えば「幸せはお金じゃないの」という内容。年末には政治学者がノーベル経済学賞を初めて受賞した。受賞内容は「コモンズ=共有地」の議論。「コモンズ」の議論は資源が限られている島嶼では馴染み深い議論である。

 という訳でアダム・スミスを学ぶ良い年であったが、スミスを人に語るのは私には無理である。見えざる手が誰の手がご存じなかった方々には水田洋著『アダム・スミス自由主義とは何か』(講談社学術文庫)を推薦させていただきます。書評に「原文を読むより原文を理解できる」とあって手に取った本です。

 来年もよろしくお願い致します。    

                             

早川理恵子

(2009年の自選の句)

 タイヤ屋の孫が奏でる宇宙の音 聴きたくもあり聴きたくもなし