「靖国への道」
家から15分位歩いたところに靖国神社がある。
坂をしばらく下り、外堀の桜並木とJRの電車を眺め、橋を渡って今度は坂を少し上がる散歩道だ。神社の前では骨董市が開かれたり、お祭りの時は屋台が並ぶ。参拝もせずにそのまま千鳥ヶ淵まで足を延ばし、今は無きフェアモントホテルでランチかお茶というコース。
「靖国問題」は今でもわかっていないが、昔は意識もしていなかった。
意識したのは、靖国神社にパプア・ニューギニア、ソロモン諸島、パラオ、トラック等仕事でよく行く島の名前の札がついた植林がされていることだった。太平洋島嶼国で亡くなった人々の鎮魂の場所だ。
霊感が強い友人からある時、私の背後に太平洋で亡くなって日本に帰りたかった兵隊さんの霊がいる、と言われたことがある。気が弱いのですぐ信じてしまう。
それから意識して靖国神社に参拝に行く様になった。
「神様、英霊を御連れしました。」「どうぞ肩から御降り下さい。」
太平洋島嶼国には未だに多くの遺骨が残されたままだ。戦闘機も海に、陸に、そのまま残されている。
白い砂浜とエメラルドグリーンの環礁は70年前も同じ様にあったはすだ。どんな気持ちでこの海を眺めたのだろうか。
笹川太平洋島嶼国基金の事業は直接戦争の問題を扱っていないが、戦後の延長線上にあり、また将来二度と戦争が起こさないための努力の一端を担っている、と理解している。
私にとって靖国神社は太平洋の島から連れ帰った英霊を送り届ける場所であると共に、二度と戦争が起こらないように祈り、誓う場所だ。
明日から旧敵国豪州の首都キャンベラに一人乗り込んで海洋政策安全保障談義をする。
(文責:早川理恵子)