やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

『海の帝国』

『海の帝国』

4月、シンガポール行きの鞄に白石隆著『海の帝国』を詰め込んだ。

アジアの事を久しぶりに勉強したかったし、太平洋島嶼国は海の帝国の概念に当てはまるのかどうか前から気になっていたからだ。

10年程前に読んだときは全く気付かなかった記述が大きく心に残った。

それは同書の後半で議論されている。「日本がアジアにおけるアメリカの非公式帝国建設の戦略拠点となった。」という記述に始まる。

 

海の帝国、とは直接関係のない、日本に関する課題が喚起された。

なぜ、私が海洋安全保障でイニシアチブを取るのか?それは言い換えればなぜ政府が動かないのか?ということである。これはキーティング司令官が認める通り米国が日本の手足を縛った結果でもある。

もう一点、ビキニ核実験に始まった米国主導の原子力の平和利用推進と、日本の原子力政策の関係である。太平洋島嶼国と日本の原子力政策を結びつける視点である。

 

思いがけず『海の帝国』にこの2つの答えがあった。長くなるが下記に引用する。

 

もうひとつの封じ込めは日本の封じ込めである。これには少し説明がいるだろう。1940年代末、日本の政治的独立はもう時間の問題となっていた。しかし、日本が政治的に独立し、経済艇に復興して、ふたたびアメリカの脅威となるのでは困る。どうするか。日本の頸動脈に軽く手を置いておいて、いったんことあるときにはこの手に力を込めると日本がたちまち失神してしまう、そういう仕掛けを作っておけばよい、これが時の国務省政策計画局長ジョージ・ケナンの答えだった。ケナンがそこで考えたのは、日本の軍事力をアジアにおける米国主導の安全保障体制に組み込むこと、そして日本のエネルギー供給を米国がコントロールすることだった。

引用終わり。

 

さて、安全保障については組み込み過ぎて動かない。エネルギーに至っては管理能力がなさ過ぎて頸動脈に手を当てるどころか、事故の処理を米国が支援する始末となった。

 白石先生、今の日本の状況をどのように観ているのだろか?