やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

誰が誰から誰を守るのか

誰が誰から誰を守るのか

 

1.ミクロネシア連邦ピーター・クリスチャン議員の爆弾発言

 キャンベル国務次官補がせっかく太平洋諸島を回ったばかりだというのにミクロネシア連邦のピーター・クリスチャン議員が米国との自由連合協定を2018年には終了する、という決議案をこの9月国会に提出した。同議員は今年の大統領選候補だったが、投票直前にモリ議員に席を譲った。よってその影響力は無視できない。

 さて、自由連合協定はミクロネシア諸国が米国に軍事的アクセスを許し安全保障を委ねる代わりに米国から長期に渡る支援を受けるもの。米国が第2次世界大戦中に多くの命を犠牲にした太平洋諸島を二度と敵に渡さない事、冷戦下での太平洋を共産主義国から攻防するための戦略的意味があった。

 しかし、冷戦が終了したことでミクロネシア地域の軍事的必要性が減少。他方支援は協定通り継続され、米国の負担となってきている。しかも開発支援の効果はなかなか見られない。今年になってミクロネシア短期大学への援助を一方的にカット。看護医療教育の機会も終了した。

 同協定ではミクロネシアの人々が医療・教育・雇用等を目的に米国に入国する自由を与えている。これが逼迫するハワイ等各州政府の財政に大きな負担となっており、米国への入国も昨年あたりから徐々に厳しくなっている。

 

 クリスチャン議員の主張は、自由連合協定は本来平等であるはずなのに、同国への支援をチャリティと位置づけ一方的にカットしていくのはおかしいではないか、という内容だ。「米国の」安全保障上、ミクロネシア3国が漁業協定を締結する外国や通信周波数など全て米国の許可を必要とする。

 戦後処理と冷戦の緊張関係の中で締結された米国とミクロネシア3国の自由連合協定は、現在の安全保障レジームに適しているのか米国は見直す必要があるのだろう。

 

2.クリントン長官の『アメリカの太平洋の世紀』

 10月11日発売のフォーリンアフェアーズにクリントン長官の論文が発表された。日本と韓国に集中する米軍をなるべく拡散させたい、即ち在日米軍削減と取れる刺激的な内容だ。しかし、ここでは太平洋諸島についてどのように考えているのか考察したい。

  同論文は米国の繁栄はアジア太平洋に共にあるとし、そのための当該地域の安定を米国が維持する必要があるとしている。 太平洋に関連しているのはアメリカとアジアを結ぶ航海の自由の確保だ。加えて気候変動と漁業資源管理。それを達成させるには太平洋島嶼国も含むアジア諸国とのパートナーシップが必要だと述べている。

 同論文は中国の事を多く述べているがここでは取り上げない。

 アメリカは太平洋に多くの領土を持っている。米領サモア、グアム、北マリアナ連邦、ハワイ。それだけではない。1800年代の拡張時代に獲得した8つの無人島Minor Outlying Islands ― ウェーク島、ジョンストン環礁、ミッドウェイ環礁、キングマン環礁、パルミラ環礁、ジャビス島、ハワード島、ベーカー島がある。これが馬鹿に出来ない。世界一のEEZを持つ米国。その50%以上がこれらの太平洋の米領で形成されているのだ。(詳しくはブログ参照ください。)

   これに加えて自由連合協定を締結するミクロネシア3国のEEZも米国の傘の下にあると考えれば米国は太平洋に一千万㎢を越える広大なEEZを有する太平洋の覇者である。

 米国にとって太平洋は、インド洋にもつながるアジアとの経済発展を見据えた交易交流のための海洋航路であり、漁業等の海洋資源でもある。

 米国は誰から若しくは何から太平洋を守る必要があるのか?

 

3.『沖縄問題の起源』

 ロバート・エルドリッジ博士が書いた『沖縄問題の起源』を読み終えたところだ。実は天皇メッセージについて関心があって手にしたのだが、戦後米国が旧南洋諸島と沖縄をどのように処理して行くか、という詳細な記述に引き込まれる様に一機に読み終えた。

 タイトルからして当然沖縄の話しが中心なのだが、沖縄の立場を決める中で、ミクロネシア地域の島々との比較が多く出て来る。なぜ、どのような経緯で米国が南洋諸島を管理して行く事になったのか興味深い。特に当時の国務省と国防省の政策の相違とその攻防戦の話しは初めて知った。

 興味深かったのが太平洋につらなる島じまを米国が確保しておく必要性の中に、通信網の設置が上げられていたことだ。当時まだ衛星はない。海底をワイヤーでつなげる必要があった。皮肉な事に、衛星だと0.5秒の遅延が発生するため、米軍の迎撃ミサイル基地があるマーシャル諸島からグアムをつなげる海底通信ケーブルが施設されたのはつい最近の事だ。

 太平洋にむけてミサイルを撃ってくるのは誰であろうか?

 ソ連に変わる新たな脅威である。米国が軍事力を持って太平洋を守る大義の一つがここにある。

 しかし、現在の世界の安全保障体制やアジアの経済的発展、日本や中国等太平洋を巡る状況は当然ながら終戦直後とは大きく違う。米国が一人、太平洋の設計図を描ける状況ではない。

 

4.誰が誰から誰を守るのか

 ミクロネシア連邦のクリスチャン議員の決議案に戻る。同議員が主張する通り米国が太平洋にエンゲージするのは決してチャリティのためではないはずだ。太平洋の小さな島じまに住む人々の福祉を支援するのは、太平洋の安定と安寧、即ち米国の利益に繋がっているのである。そして当該地域の領海に米軍がアクセスできる現協定は米国だけでなく同盟国となった日本にとっても重要なはずだ。

 終戦直後、米国は敵国日本から南洋諸島を奪い返し、戦後と共に始まった共産主義国の脅威から太平洋の島々を守る、という大義があった。その中での自由連合協定であった。

 今、敵国日本は世界で最も重要な同盟国の一つとなった。冷戦も終結した。

 新たな安全保障体制が模索される中で、改めて太平洋の島と海を巡り、誰が誰から誰を守るのか、と言った協議が日米豪を中心にされる必要があると思う。クリントン長官が言う、米軍の配置をどうするか、ということに通じる。言い換えれば日本の海洋安全保障への貢献はどうあるべきか、という議論にもつながる。

 そして、それが沖縄問題にも新たな方向性を与えることになると考える。

 

<参照資料>

クリントン長官の論文 "America's Pacific Century"

http://www.foreignpolicy.com/articles/2011/10/11/americas_pacific_century

なぜか日本ではあまり取り上げられていないようだ。東京財団の河東 哲夫研究員のブログ「在日米軍削減へ クリントン長官論文の意味」http://www.tkfd.or.jp/blog/kawato/を参考にさせていただいた。