先王、ジョージ・ツポウ5世の日本贔屓は筋金入りなのである。成田お出迎え係りの当方の胃がキリキリ痛んだのが、成田から東京までの車内である。
どんな会話をすればよいのか!
最悪な事に成田から東京までの道路はいつも渋滞で2時間位の道のりであった。
王族との当たり障りのない話題というのは、20代の小娘には荷が重かった。
しかし、ツポウ5世はマイペースなのであった。
「りえこ、お風呂の手桶を買いたいのだが。」
「て、手桶ですか?」
「木、のだよ。こういう手がついている。」
「わ、わかりました。調べておきます。」
「明日10時にホテルに迎えに来るように。」
当時まだインターネットはない。携帯電話もない。
電話帳で調べたら、もうどこか忘れたが東京の下町に木の手桶を作っているお店を見つけた。
電話をして確認する、という作業は忘れた。
翌日、そのお店に行ったところ、売り物はない、という。
頭が真っ白になった。こんな下町までお連れし、しかも買えなかった。
お怒りになっているだろう、と一言も出なかったのは覚えている。
ツポウ5世はこのような間抜けな対応に慣れていらっしゃるようだった。
「間抜けめ」(当方の勝手な印象です)というようなメッセージを含んだ一瞥の後、
「りえこ、デパートに売っているよ。」
「デパートですか?ないんじゃないすか。。」(ツポウ5世に楯突いてしまった!)
「いや、あるよ。」
今でこそデパートの商品は安くなったが、20年前、デパートでのショッピングというのは庶民の当方の感覚から、木の手桶が置いてあるとは想像できなかったのである。
ツポウ5世は正しかった。
木の手桶は銀座の松坂屋の地下の生活用品の階にしっかりありました。
それ以来デパートに対する当方のイメージが変わり、木の手桶を見る度にツポウ5世を思い出す事となった。
さて、なぜツポウ5世は木の手桶を所望されたのか?
その時そんな事聞けませんでしたが、後で知ったのはツポウ5世の公邸に日本式のお風呂が設えられいるという事であった。
ツポウ5世の日本贔屓、筋金入りです。
次回は魚包丁。