やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

『太平洋戦争とアジア外交』波多野澄雄著 ー 侵略か解放か?

 安倍総理のインド太平洋構想を草稿したであろうT氏やK氏は、日本の大アジア主義や大東亜共栄圏を意識していなかったかもしれない。でも原点はそこにあるような気がして、後藤の大アジア主義とは何か?玄洋社は何を議論していたのか?孫文の大アジア主義は?(中国とロシアのことだった。)などを過去2年暗闇の中で手探りするように、本を読んで来た。

 大東亜共栄圏はその流れを汲んだものなのであろう、と想像しつつ2018年パプアニューギニアで開催されたAPECをきっかけに、「環太平洋構想、APECを主導した大平首相は天国で喜んでいるだろうか。」と思い誰もその事を取り上げないので、当方の師、渡辺昭夫先生のアジア太平洋の本を開いた。そこにアジア主義については波多野澄雄教授がレベルの高い研究をされているとあり早速ウェブで検索。いくつかの論文を拝読した。  

 大東亜共栄圏には軍部主導の閉じられた構想と、重光主導の英米も含む開かれた構想があった。(もっと複雑な議論です)さらに年末の英国訪問を前に矢内原の英国関連の論文をパラパラ読んだら第二次世界大戦に突入した日本に危機感を得て、二度と書かないと誓った植民政策論を書いている。さらに新渡戸の植民政策論を必死の思いで出版している。軍部の政策の間違いがわかったからだ。もう一人軍部の政策の間違いを修正しようとしたのが重光葵だ。重光も矢内原も新渡戸の生徒である。

  歴史、特に近現代史があまり得意でない当方でもこれだけ人物がわかってくると理解が進んだ。(ような気がしただけ)それで波多野先生の短い論文をいくつか読んだ後『太平洋戦争とアジア外交』を思い切って手に取った。やはり戦争の詳細は読んでいても頭に入らない。飛ばし読みで、簡単なメモだけ残しておきたい。

  まずは同書が、EHCarrの2つの論文「平和の条件」と「平和の憲章」という2つの論文の議論から開始している。後者は偽名で、多分Carrであるというのはどこかで読んだ。思い出せない。勘違いかもしれない。前者は小国の自決権を否定しているのだが、後者は日本の「東亜の解放」に負けないような連合国による解放を主張する。これが大西洋憲章に影響を与えたのだ。

 太平洋戦争が「解放」であったのか「侵略」であったのか?この本は重光が外務省の中で戦争目的を検討し、軍部と戦っていく様子が描かれている。ただし、筆者の波多野氏が、また重光が、軍部が、「植民」と「自決権」をどのように理解していたかによって歴史の見方も変わってくる。丸山敬一氏に寄ればレーニンの自決権は独立を意味していない。レーニンはそれを夫婦関係に喩え、三行半を突きつけられてもすがりつく必要のない妻の存在を主張している。「植民」が必ずしも一方的な権力の行使でないことを知っていれば容易に理解できるが、1937年に矢内原を東大から追いやった日本の学界や軍部にその理解があったのか?重光は理解していた、と思いたい。

 話が逸れたが、入江昭氏は大東亜宣言にウィルソン的国際主義が含まれていることを”Power and Culture” で認め波紋を呼んだ、という。(209ページ)「波紋を呼んだ」ということは「大東亜共栄圏」が客観的に議論されてこなかったということであろう。重光が、国際連盟でウィルソン的国際主義を実行しようとした新渡戸の生徒であるおことを知っていれば、尚更納得できる。ちなみに新渡戸はウィルソンの学友だ。

  それから「資源の解放」。ここは重光と軍部がかなり争った論点である。(164−167ページ)。この本は自分が取り組んでいる博論とは関係なく読み始めたのだが、自決権同様に「資源の解放」「資源の囲い込み」はまさに国連海洋法の主要テーマでありしっかり勉強したいと思った。

 他にも色々メモしておきたい箇所があるが、最後の章で「敗戦革命」「共産革命」について述べられている。私は「敗戦革命」というのを江崎さんの本で初めて知り、たまたま訪れたドイツのワイマルをきっかけに林健太郎さんの本を読んで、その実態を知った。

yashinominews.hatenablog.com

 「日本を破滅に追い込むのは、軍閥か共産党」自分を死に追いやった新渡戸のこの言葉を重光は十分理解していたであろう。(終章参照)