やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて30年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

再読『東南アジアの解放と日本の遺産』レブラ著 - 第三章ビルマ独立義勇軍

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軍部クーデターによるミャンマーの混乱。この軍部は日本が創立を支援し、今でもODAが即ち日本国民の税金が支援している体制なのではないか?

南機関の鈴木大佐は英雄とは言い切れない存在だったはず、と記憶を辿っていた。再読して、当初より鈴木大佐が所属する陸軍と、国分正三が所属した海軍との軋轢の中で、ビルマ支援が始まった事を確認した。

国分はビルマに20年近く滞在し、その詳細を熟知し独立の計画を持っていた。

よって国分に利があった。かれは独立を目指すタキン党の共産主義者であったアウン=サンを支持しなかった。よって国分に個人的な軋轢もあった鈴木がアウン=サンと組んだ。

国分はビルマの英国政府に目をつけられており、逮捕された。よってほとんどビルマの知識も経験もない鈴木が陸軍の支援を受け、ビルマの軍事革命を主導することとなったのである。

ここは誰もが知っている箇所かと思うが、鈴木大佐によって約束された独立はもたらされなかった。ビルマ独立義勇軍は日本を恨んだ。アウン=サンは鈴木大佐を個人的に最後まで信じた。そして戦後も守った。

レブラ博士は、日本軍の稚拙さを多々指摘しながらも結果として日本軍が、というより鈴木が育てた軍人が軍事的能力というより精神的強さを持って戦後英国から独立したことを指摘する。

日本軍は、そして日本人は「解放」をしようと信じたのだろうが「解放」の意味がわからなかったのではないか。解放した後の国体のあり方。それがまさに今のビルマ、ミャンマーの惨状なのではないか。アラビアのロレンスに憧れたという鈴木大佐のロマンと理想主義が導いた悲劇なのではないか。結果、ビルマの独立は軍事革命、暴力革命であり、それは共産主義の原理なのだ。インド同様、ここでも日本軍部はアジアの共産主義を支援した。「もし」ビルマをよく知る海軍の国分が独立運動を主導していたらどうなっていたであろうか?