やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

後藤新平の植民政策(10)

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戦争のまっただ中昭和19年に復刻された『後藤新平「日本植民政策一班」「日本膨脹論」』には台北帝国大学の憲法学者であった中村哲氏の解題が掲載されている。

13頁に渡って「日本植民政策一班」の、2頁を使って「日本膨脹論」の要点が述べられ、その後に20頁の後藤新平の略伝が記載されている。

後藤新平こそが日本初の植民政策の実施者であり政策策定者であった事が述べられており、しかも後藤の持論である「鯛とヒラメの目理論」に繋がる植民政策基盤は日本の人類学研究の濫觴である事が述べられている。

後藤と言えば阿片ビジネス、というレベルではこのような史実を世界の人が知る事はないであろう。

以下、豊富な記述の中から少しだけ紹介しておく。

台湾植民は樺山、桂、乃木の3代は植民性格を自覚せずに過渡的な治安行政を実施。児玉、後藤の代になってやっと実質的な植民が開始。それはフランスのアルジェリア植民政策ではなく、英国の科学的政策(ルーカスの「英国植民誌」にある香港の事例)を理想像としていた。(5-10頁)

8項目の「台湾統治の大綱」こそ後藤新平の、日本初の植民政策を現すものであろう。中村哲氏の解題に上げられているのでそのまま写しておきたい。(10−11頁)

第一、予め一定の施政方針を説かず、追って研究の上、之を定む。研究の基礎を科学殊に生物学の上に置く事。

第二、文武官の調和を図るべし。

第三、統治の政務多端にして、眼前処理すべき問題蝟集すと謂も、遠き将来に亙る調査を閑却すべからず。即ちこの方針に従い、地籍、人籍の調査をなすを要す。但し目下政務多忙、且つ人籍は容易に移動するものなるが故に、人籍調査は之を後日に期し、最初と地調査に着手すべし。

第四、台湾と本国との法制上の関係を研究すべし。

第五、宗教は人生の弱点に乗ずるものにして、植民政策上重要なる意義を有するものなり。然るに台湾に置いては、有力なる宗教行はれざるが故に、宗教に代わるべき衛生上の設備を完全にするを要す。

第六、警察機関、司法機関の組織は特殊法を必要とし、殖産の奨励、交通機関の改善に就きても亦特殊的方法を講ずるを必要とす。

第七、土匪鎮定、生蕃討伐を行うべし。但し土匪は最も迅速に鎮定する必要あり。生蕃討伐は永久的計画を以てすべし。

第八、民族的若しくは種族的自覚に対し、適当なる處理をなすを必要とす。

第三に関しては臨時台湾習慣調査会を作りこれが満鉄調査部、日本の人文科学調査機関の濫觴であった、と中村氏は記している。

そして第二に関係してくるであろう、官僚主義への対処についても、中村氏は後藤に言説を借りながら批判している。多分その批判は当時中村氏が批判する事を許されなかった軍事政権への批判と受け止めて良いのではないか?国分直一氏の中村氏の心情を書いた文章を読んだ後だとそのように想像できる。

「中村哲先生と『民俗台湾』の運動」((沖縄文化研究 16, 35-51, 1990-03-20 法政大学)  https://ci.nii.ac.jp/els/contents110004641932.pdf?id=ART0007358173 

 

追記:後藤がいうルーカスは下記の文書にあるColonial Office civil servant and British historian Sir Charles Westwood Lucas ではないか?