やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

「商業捕鯨再開へ向けて」森下、岸本論文

ウェブで偶然見つけた捕鯨関連の論文だ。掲載場所と日時が明確ではないのだが資料の最後にある下記の連載記事を集めたものかもしれない。

森下丈二、みなと新聞連載「商業捕鯨再開に向けて」(2015 年 2 月 19 日から 11 月 12 日、隔週、計 20 回)。

 

50ページの、捕鯨交渉の詳細が書かれていて読むのに数時間かかってしまった。いかに捕鯨問題が複雑で理解することが難しいか。だからこそ自国の問題としてもっと様々な角度から情報と議論が必要であるかを感じた。いかに一般市民やメディアや、学者、そして私自身が誤解しているかがわかる貴重なペーパーだ。

 

論文はオープンアクセスになっている。

森下 丈二、岸本 充弘 「商業捕鯨再開へ向けて −国際捕鯨委員会(IWC)への我が国の戦略と地方自治体の役割について−」

ypir.lib.yamaguchi-u.ac.jp/sc/file/1958/20180803165047/SC400010000070.pdf
 
メモを書き込みながら読んだので下記に記録しておきたい。
 
P. 49 1982年のIWCのモラトリアム採択は同年に採択されたすなわち捕鯨に関する65条の縛りが入ったUNCLOSと関係ないのか? モラトリアム=商業漁業停止、という議論はどこからどう始まって、広がったのか?
 
p. 50 捕鯨の商業性や産業規模への批判は、漁業一般に関する国際的議論であるという。ここにBBNJも入る。これは多くの小国がその規模、能力の限界から海洋権益から取り残されているから、ではないだろうか?
 
p. 52 環境帝国主義、環境植民地主義 という表現が出てくるが初めて聞いた。BBNJもまさにこれだと思うが(しかも小国を焚きつけた)この表現は一般的なのか?学術的に議論されているのか?
 
p. 55 森下氏は文化で捕鯨を語ることに反対の立場のようである。他の場所でも同じようなことを述べていた。私も賛成だ。食文化の実態を知ると新しいものを食べることが文化と言っても良いほど柔軟だ。天ぷらってポルトガル語なんだよ、というと日本人でさえも驚く。
 
p. 55 調査捕鯨にかかる費用を示して商業捕鯨に採算性がないと発言をする方は一読をおすすめします。「…鯨類科学調査では科学的にバイアスの無いデータを得るためにクジラの低密度海域でも捕獲 調査を実施するなど、高密度海域で大型の個体を選んで捕獲を行うであろう商業目的の捕鯨とは根本的にコスト構造が異なる。これをベースに商業捕鯨が再開される場合の採算の 議論をすることは誤りであり、合理的ではない。」
 
p. 65 2007年2月にパラオのナカムラ大統領を議長に呼んで東京で「IWC正常化会合」を開始している。しかし数の力で反捕鯨国から反対に合う。
 
p. 66 アンカレッジの先住民には許されている捕鯨を日本の沿岸小型捕鯨には許さないダブルスタンダード。これは日本の捕鯨を叩く人たちに使えるのではないか?日本主催で「先住民伝統捕鯨会議」なんていいんではないか?
 
p. 69-72 豪州の反日、反捕鯨が先鋭化する詳細が書かれている。森下氏は書いていないがこの時期親中、反日のラッド政権(2007.12.3 - 2010.6.24)である。 まさに捕鯨問題が国際政治であることを語っている。私が2008年に立ち上げたミクロネシア海上保安事業は、豪州から遠いミクロネシアであるにも拘らず豪州王立海軍が激怒し、ラッドが中止する予定の太平洋監視艇事業を継続することになったのだ。嘘みたいだけど本当の話!
 
p. 83 この箇所は私の偏見を深く反省した。IWCに参加する多くの途上国、小国は援助金欲しさでクジラのことなんか知らないと思ってきたし、TWなんかで書いてきた。しかし森下氏は小国は日本の省庁にある縦割りをするほどの人員がいないので国際的諸問題を総括的に把握できるという。そしてそのことは 「…捕鯨問題における議論を誤れば、それが彼らに関係 する資源保存管理の問題に直接に、長期的に悪影響を及ぼすことを理解し、それを阻止す る観点から国際捕鯨委員会に参加し、鯨類資源の持続可能な利用を支持してきている…」 これはわかる。パラオの海洋保護区ノーテイクゾーンを反対しているのはナカムラ大統領なのだ。
 
p. 84 日本が途上国の票を買っているというのも間違っている。日本の援助を受けている国に反捕鯨国も多い。他方反捕鯨国の中には旧宗主国なしではやっていけない途上国がいる。
 
p. 85-86 IWC脱退によってなぜ南極で操業できなくなるのか?これこそ国際法の議論である。こんな話誰もしてないよね。ちょっと長いがここは大事なので引用します。特に最後の2文が重要だ。
 
それでは、仮に IWC を脱退するとした場合、日本は国際法上どのような立場に立つこ ととなるかを整理する。まず、IWC を脱退すれば、自由に商業捕鯨を再開することがで きるということにはならないということを認識する必要がある。日本は国連海洋法条約、 南極条約、南極条約環境議定書、南極海洋生物資源保存条約等の締約国であり、たとえ IWC を脱退したとしても、これらの国際法の規定に縛られることになり、自由に商業捕 鯨を行うことは出来ない。具体的には、国連海洋法条約では、鯨類の保存管理は適当な国 際機関を通じて行うと規定されており(65 条)、これは排他的経済水域の内外を問わず、 公海についても適用される(120 条)。いわゆる公海漁業の自由(116 条)も、無制限の自 由ではなく、65 条や 120 条に従うことが条件であると理解される。 南極条約環境議定書と南極海洋生物資源保存条約では、その規定が、ICRW の締約国の 権利を害したり義務を免除したりするものではないとされている。すなわち IWC にとど まる(ICRW の締約国にとどまる)限りは、ICRW 第 8 条のもとで鯨類捕獲調査を行う権 利を持ち、他方、商業捕鯨モラトリアムに従う義務を負うが、日本が脱退すれば、かわり に南極条約環境議定書や南極海洋生物資源保存条約に縛られることとなる。」
 
p. 86-87 UNCLOS 65条の解釈だ。メディアに出る国際法学者でない学者は、この解釈の議論を一切しないで単純に「違反しています」としか言わないのだ。全部引用しておきたいが、重要なのは先に脱退したカナダはIWC科学委員会に参加することで65条を要請を満たしているという見解だ。他に多くの国が国際機関を通さずに小型鯨類(イルカ)を捕獲している。ソロモン諸島がそうであろう。ジュゴンを食べる島嶼国もいる。確かパプアニューギニア。日本だけ65条に反している、という訴えは不平等である。
 
最後に森下氏は、これは政治問題であり法の問題ではないと何度か書かれているが、多分、法と政治を分けるというより相互に関連づけることが重要と、これは今並行して読んでいる西平等先生の論文からで、自分にはまだ自信を持って主張できない。