やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

金持ちはベントレイを買い、百姓は赤子を売る  ― 初めてのベトナム

金持ちはベントレイを買い、百姓は赤子を売る

 ―初めてのベトナム

 

 2009年11月、古い友人キエン・ファン氏を訪ね、初めてベトナムへ行った。10年前、キエンの消息が知りたくてある人に付いて飲みに行ったら、暴力を振るわれた。そのことを忘れる努力をしてきたが、一昨年ある事がきっかけで全てを思い出し、苦しい日々が続いた。忘れていたキエンのことも思い出し、今度は自力で消息を探ることとした。

 キエンはボートピープルで想像もつかないような苦労をしてアメリカで成功した人だ。ジャパンソサエティの派遣事業で日本の安全保障を研究しに来日。現在は既に自分で財団をいくつも作っていて、メールを送ったら本人からすぐ返事が来た。日本に行くから会おう、ということになった。上野、隅田川の桜を娘と案内した。その時ハノイに来い、と誘っていただいたので家族で訪ねたが、忘れられないベトナムとの出会いになった。

 

  台湾の交通事情に戦いていたが、ハノイはそれ以上である。ベトナム戦争の死者数とほぼ同数の交通事故による死者がいる、とキエンさんから聞く。来る前に言ってよ~、と心の中で叫ぶ。しかもスピードを出す地方での交通事故が危ない、という。当初予定していたハロン湾等の観光も止め、ひたすらホテルに滞在をすることにした。

 最初はベトナム政府が準備してくれたホテルに泊まったが、英語が通じないし、レストランに入っても迷惑そうな対応。キエンさんの紹介で中心地のホテルに移動した。同じ値段で2ベッドルームにリビングとキッチン。ビル内にレストラン、スーパーマーケット、プールやジムまである。

  ここでカナダから来た11組の家族と出会った。皆さん40代半ば。ベトナムの子供を養子にもらいに来たのだという。途上国から養子をもらうなんてブラピやアンジェリーナなどセレブがやることかと思っていたら、普通の人たちであることがわかり、感動した。国境近くの山岳民族がお米も買うお金もなく育てられないので養子に出すことにしたのだという。山岳民族と聞いて赤ん坊の顔をまじまじ見てしまった。「ハンじゃないわよ」とカナダ人のお母さん。その時はその意味がわからなかった。

 2、3日して、その11組のカナダ人家族の様子に異変が。カナダ政府が赤ん坊にビザを出さない、と言い出したそうだ。トルストイ曰く「幸福な家庭はどこでも同じようなモノだが、不幸な家庭の事情は様々」なはず。しかし、どの赤ん坊も似たような不幸の話、らしい。

 親しくなったカナダ人家族は、6年前中国から養子をもらい、同行していた。中国は養子縁組が厳しくなったのでベトナムに来た、という。国境を渡って中国人の赤ん坊がベトナムで養子に出されている、イヤ売られている、と疑われているらしい。だから「漢(ハン)じゃないわよ」と言ったのだ。

 ブラピやアンジェリーナ、先進国の人々の「善意」がとんでもない需要を生み出しているのかもしれない、と想像したらこのホテルも居心地が悪くなった。有名な水上人形劇に行った。今度は20組くらいの赤ん坊を抱いたフランス人の大集団といっしょになり、赤ん坊市場が想像以上に大きいことを知った。

 

 偶然、日本財団の石井さんがハノイに出張に来ていて、キエンさんを紹介できた。キエンさんは日本財団のベトナム事業のきっかけを作った人でもある。石井さんも会いたかったようだったし、キエンさんも日本財団のその後活動状況を気にしていた。帰国前、メトロポールホテルのテラスで3人で話をした。

 キエンさんはベトナムが市場経済に成功し、蛹から蝶に変わる時期、だという。私は山岳民族の養子の話しをし、経済格差はどうか?と質問した。メディア事業でも成功したキエンは自分で財団を作り奨学金や遠隔教育の推進をしている。ベトナムの金持ちは一人でベントレイを何台も買いお金の使い方を知らない、と言う。

 

 ベトナムと太平洋の海洋安全保障は関係ない、と思っていたが南北に延びる3,260キロメートルの海岸線から、麻薬、違法移民、人身売買などあらゆる「危ないもの」が送り出され、太平洋を渡る可能性もある。

 千年の中国の支配、百年のフランスの支配、そして十年のアメリカとの戦いに生き延びてきたベトナム。日本企業の進出も目覚ましいが、日本財団が進めているような福祉活動の重みを知った。

 

(文責:早川理恵子)