やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

日中民間漁業協定の成立

ビキニ水爆実験の国際法的議論に関心を持ってなんとなく手にした、小田滋『海洋の国際法構造』(有信堂、1956)。他の章も面白く読み進めている。

「日中民間漁業協定の成立」戦後間もない、1950年代の日中間の海洋問題、特に漁業問題を扱った小論だが、これも興味深い。

韓国同様、中国政府も日本漁船をどんどん拿捕し、1954年までの4年間に「中共政府官憲」により日本漁船158隻が拿捕、1,909名の乗組員が拘束。乗組員は送還されたものの、漁船はほぼ没収された。P. 119

その際に中共政府説明が面白い。

「東支那海は中国の領海であり、領海を犯すものは拿捕する。君たちは罪人であるが労働者だから帰す。船は資本家のものだから没収する。」p. 121

 この中共官憲による日本漁船拿捕に対し日本政府は無策であった。理由は当時日本政府は中華人民共和国を国家とも政府とも認めていなかったのである。そのこともあり民間の漁業協定が締結されるのだ。小田論文はその事情を十分理解しつつもこの民間協定の問題点を多々指摘している。

1つは、中共政府によって拿捕された場所は、協定によって合意された漁区よりはるか海上においてであった。すなわち公海における中共政府の拿捕の違法性を指摘できなかった。

さらに、日本政府も国民政府も認めない中共政府、すなわち法権限がないとみなす中共政府の拿捕に法的責任を追及することができなかった。小田教授は「漁業会の希求してやまなかった安全操業への道は、国際法の主体として日本と中国とが法的な関係を持つことによって以外切り開くことはできない。」と結ぶ。P. 125 すなわち中共政府を認めよ、とう言う意味なのであろうか?

日本政府の無策により締結された日中の民間漁業協定は、さらに公開自由の原則を無視した中国の一方的管轄権に理解を示すコメントまで出しているのだ。

「日本側は「貴国政府が同区域を設定した精神に考慮を払い」と述べてそれを尊重しようとするのである、日本は今日までそのような徳帝国の独占的利益の拡大を阻止するために李承晩ラインに強行に反対し、またアラフラ海における真珠貝漁業問題をめぐって、オーストラリアと国際司法裁判所において相争うと」しているのではないか。」

当時の識者の中にも公海自由の原則を無視した中国に同情的意見があったことも小田教授は指摘している。p. 130

海洋ガバナンスが、国際問題、外交問題と多様に交錯する重要な過去の一例だ。またこの「日中民間漁業協定」の詳細なやり取りは昨今の中国の海洋権益をめぐる関係諸国の姿勢・対応を理解するのにも参考になるのではないか?

 

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