『色のない島へ』
オリヴァー・サックス著、大庭紀雄監訳、春日井晶子訳、早川書房 1999
不思議な本である。ノンフィクションなのだが、小説を読んだような印象を受ける。同様の印象を、レイチェル・カーソンの海のシリーズを読んだ時にも持った。まるで叙事詩を読んでいるようだった。
それほど、美しい文章と記述対象への深い洞察に満ちた本だ。
ミクロネシアのピンゲラップ島は12人に一人が完全色盲である。世界的には3万人に一人と言われている。
脳神経科医で神経人類学者の著者と、ノルウェーに住む完全色盲で生理学者で心理物理学者のクヌート・ノルビー、そして眼科医のロバート・ワッサーマンがピンゲラップ島を訪ねる「物語」。
ピンゲラップ島へ辿り着くまでの紀行も興味深く、別の項で書きたい。地球の反対側からやってきた完全色盲者クヌートの行動観察記述がピンゲラップ島への導入となる。著者には見えないもの、気がつかないものがクヌートには見え、わかるのである。
ピンゲラップ島にたどり着いたとたん、クヌートは完全色盲の子供たちに取り囲まれる。彼らにはわかるのだ。
島では完全なマイノリティになっていない完全色盲者たちは自分の居場所があるようである。目が暗順応する日没、日の出、月明かりの夜が行動しやすい。彼らは夜釣りの漁師として極めて優れていて、水の中の魚の動きや、魚が跳ねるときにひれに反射するわずかな月の光までよく見える、という。
しかし、完全色盲だと、黒板の字が認識できず、勉強も就職も諦めなければならない。それでも適切な補助があれば社会に出ることも可能だ。ポーンペイ島に戻ってきた一行は現地の医者が完全色盲の事やピンゲラップ島の話をほとんど知らなかったことに驚く。ポーンペイ島では急を要する病への対処に、限られた医師が対応するのが精一杯である。完全色盲者に手を差し伸べる余裕はない。
以前紹介した『フラジャイル』を裏付けるような内容である。色のある世界が色のない世界よりも優れている、という単純な話ではない。小さな島社会だと、私たちが日頃見失い、気がつかないマイノリティの存在が大きく、弱者とは何かを考えさせられる。
同時にアンビバレントではあるが、弱者への徹底的な無視や差別も、ある。
この本は、部外者が(特に専門家が)島社会をどう認識し、どのように対応すべきか、多くを教えてくれる。島、太平洋島嶼国、ミクロネシアへの入門書として1番にあげたい作品だ。