自決権を、太平洋島嶼国の発生と存在を語る時、避けられないのが国連決議1514号の独立付与宣言なのだ。しかし、日本の自決権研究第一人者の松井芳郎先生の下記の記述を読んだときは、エッ、と思った。
薬師寺 主要な部分は大体網羅されているのではないでしょうか,全部。 国連の「独立付与宣言」が。
松井 「独立付与宣言」は,あまり本格的にやっていません。友好関係原 則宣言と国際人権規約はかなりやりましたが,独立付与宣言は十分できてないのが穴なんです。
松井芳郎教授 オーラルヒストリー 聞き手:薬師寺公夫(立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部教授)德川信治(法学部教授)西村智朗(国際関係学部教授) http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/10-56/matsui.pdf
同時に採択されたもう一つの決議1541号で「独立国家との自由な連合」を採択し、提携国家の存在を議論した五十嵐正博氏の『提携国家の研究』では1514号については直接の研究対象では無いので深い議論はされていないが自決権が「人民の意思の優位さを明確にした点で評価されるべきである。」(同書48頁)と批判的議論はされていない。*
最近の研究では五十嵐元道氏が「国際信託統治」の研究をしており、そこでチェスターマン、ザウムの議論が紹介され(3198ページ)国際信託統治、植民統治の比較が忌避され、その正当性は学問上の問題ではない事が指摘されている。自決権についての議論ではないが関連してくると思われる。**
これに加えて丸山敬一氏の自決権の研究だ。マルクスもレーニンも誰も今のような小国が乱立するような自決権の行使を予想も期待もしていなかった、という議論がある。***
そこで、1514号がどのように生まれて来たか資料を探していたら、ヒョンなところから出て来た。
フルシチョフの靴事件、なのだ。これが1514号のきっかけとなったという論文を偶々見つけた。
Alessandro Iandolo; Beyond the Shoe: Rethinking Khrushchev at the Fifteenth Session of the United Nations General Assembly, Diplomatic History, Volume 41, Issue 1, 1 January 2017, Pages 128–154, https://doi.org/10.1093/dh/dhw010
著者のAlessandro Iandolo博士は現在オックスフォード大学で研究者として在籍されているようだ。
https://www.politics.ox.ac.uk/academic-staff/alessandro-iandolo.html
この論文はフルシチョフの焦点が当てられ、自決権とは何か、などは議論されていない。しかし、まさに松井先生が「独立付与宣言は十分できてないのが穴なんです。」と言われた「穴」の一部、それも重要な一部なのではないか?
簡単にまとめると、フルシチョフの靴で有名になった第15回国連総会は靴の話のbeyondが見過ごされてきた、というのだ。即ち誰も研究して来なかった、という話ではないか?Iandolo博士はこの靴(実際には靴は持っていない)事件の前後のコンゴ問題と米ソの緊張、数の上で優位に立つする途国、そこに反植民地で共鳴する社会主義ブロック、の国際関係を紐解きながら、失敗に終わったとい言われているフルシチョフの国連事務総長(ハマーショルド)対策が、1955年のバンドン会議以来のアジアアフリカ諸国の脱植民地化を国連決議として正当化されて言った話が分析されている。
議論はコンゴが中心なので、事情に疎い当方は地名か人名かわからず理解しづらい文献ではあるが、国連で1514号がどのように決まって行ったかを見る資料としては貴重なのではないか?松井先生はこの論文ご存知だろうか?つまり1514決議の背景を。
独立付与宣言、先進国は棄権していた。日本は確か賛成だったと思う。確認していない。
独立付与宣言は、理論ではなく、まさに政治的イデオロギー、数の力、そして米ソの冷戦の緊張のまっただ中で採択されたと考えてよいのではないか?
近々きちんと計算したいが、ウィキデータで調べたところ世界人口の2%以下を占める国家、領域が世界の半分の投票数を持つのだ。
*関連ブログ
『提携国家の研究ー国連による非植民地化の一つの試み』五十嵐正博著
https://yashinominews.hatenablog.com/entry/2017/03/18/133012
https://yashinominews.hatenablog.com/entry/2017/03/20/092900
https://yashinominews.hatenablog.com/entry/2017/03/20/132425
https://yashinominews.hatenablog.com/entry/2017/03/20/154159
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読書メモ「国際信託統治の歴史的起源」
https://yashinominews.hatenablog.com/entry/2018/02/23/145204
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読書メモ『民族自決の意義と限界』丸山敬一著
https://yashinominews.hatenablog.com/entry/2018/02/20/065518