やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

BBNJは間違った議論(殆ど言いがかり)から始まった

「国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用」(平成30(2018)年1月29日(月)、日本海洋法研究会(会長 坂元茂樹 同志社大学教授)主催)に関するシンポジウムを私の2つ目の博論指導教官坂元教授が司会されたので参加した。

会議はBBNJ外務省海洋法室条約交渉官の長沼善太郎氏のコメントに集中した印象を受けた。立場上、交渉内容を公の報告書などに書くことはないのだろう、と想像する。長沼交渉官は静かなトーンながらも熱弁に近く、長年の思いを吐露されているような印象を受けたのは私だけか?

その中でも衝撃を受け、3週間たった今もその衝撃が薄れない内容がある。

長沼交渉官はこのBBNJの協議は間違ったプレゼンテーションから始まった、と明言された。

そして生物多様性の利益を得ていない(パテントを得ていない、という意味だと思うが)国が途上国を唆して(ここは違う外交的表現を使用された記憶があるが覚えていない)議論が開始した。よって4回の準備会合を経ても何も収束されていない、というようなコメントであった。

なお会議の公式記録もないし、資料もない。私が長沼交渉官の言葉を聞き間違えたり勘違いしている可能性も大きいので、その事は断っておきたい。

なぜこの長沼交渉官のコメントが私に取って衝撃的だったのか?

BBNJの資料を読み出した時、フランスの海洋学者が薦めてくれた資料にまさにその事が書かれていて、気になったので坂元教授に確認した事があるのだ。その際坂元教授はこの事が重要である、という事を言われた記憶があるが、どのように重要なのかその時は理解できなかった。

 しかし、BBNJの議論を見て行くと、特に太平洋島嶼国など主要アクターであるはずの途上国の議論に中身がなく、とにかく「金だ、金だ!海は俺たちのものだ!」というコメントばかりが目につくのである。
 フランスが主張したBBNJ の議論(*1)の中で引用されている米独日が海洋生物多様性から得られる特許を独占している、というペーパーを読んでみた。2頁の短い論文である。

Marine Biodiversityand Gene Patents

GLOBAL GENETIC RESOURCES

Sophie Arnaud-Haond, Jesús M. Arrieta, Carlos M. Duarte

SCIENCE VOL 331 25 MARCH 2011

http://imedea.uib-csic.es/~txetxu/Publications/Arnaud-Haond_2011_Marine.pdf

 

筆者は3人とも海洋生物学者である。

口がアングリ、目が点になる記述がある。

”Most MGRs are derived from organisms sampled in territorial waters. However, source organisms can be shared by several different EEZs and/or may disperse across international waters during their life cycles.”

米独日が独占していると主張する海洋遺伝資源 (MGR)は、その国の領海内で採取された事はわかっているがそのサンプルはEEZや公海でも生命のサイクルを過ごす可能性がある、という主張だ。これを「言いがかり」と言わずになんと呼べばいいのでしょう?

いや海洋法の議論の中で公海、EEZ、領海、河川と言った事なる海洋空間を移動する水産資源の議論はあるのだ。しかし、海洋遺伝資源 (MGR)が同じ議論対称になるのであろうか?

これに関しては京大の濱本正太郎教授が同じ疑問を投げかけている。(*2)パワーポイントの資料があった。

このSophie Arnaud-Haond博士のペーパーは他にも疑問点がたくさんあるのだが、「富めるものが富む」というパレートの原則を引用している箇所を紹介しておく。

"The power law describing the distribution of “ownership” of MGRs across countries (see the figure) (table S1), fits the Pareto principle describing the “rich get richer” distribution of wealth in society ( 8– 10). "

海洋生物学者が経済開発論の範囲であるはずの、富の配分についてこのように簡単に議論し、軽卒に問題提議しても良いものでなのであろうか?

他の例だが、島は沈まないと科学的調査結果を発表したニュージーランドのポール・ケンチ教授は「だからツバルの人は移住する必要はない。」と余計なコメントをしている。ケンチ教授は笹川平和財団の事業で招聘されていて何度かお会いした事があるので、その件については怒った事がある。島が沈むから移住するのではないのだ。科学者は現実を知らずに余計なコメントする。

問題は、海洋生物学者などが発する、専門分野以外の凡そイエロージャーナリスティックな内容にメディア、NGO、国連、セレブが飛びついて、国際的議論になってしまう事だ。

長沼交渉官が言う、間違ったプレゼンを始めた人はやっぱフランス人ではないか。しかもフランスの海洋研究所、ifremer。

Sophie Arnaud-Haond http://annuaire.ifremer.fr/cv/17007/

世界第二位のEEZを抱えるフランスの70%のEEZは太平洋にある。

やはり5月の島サミットにはフランスも呼んで海洋問題を日本が指導してあげた方が良い。でないと一方的な「言いがかり」をさらにつけてくるだけだ。

これをbetter devil who you know、と言う。

 

<参考資料>

Sophie Arnaud-Haond博士と同じような議論。パワポなので見やすい。

Marine Biodiversity and Gene Patents – Balancing the preservation of Marine Genetic Resources

(MGR) and the equitable generation of benefits for society

J.M. Arrieta and C.M. Duarte

Mediterranean Institute for Advanced Studies (IMEDEA)

Spanish National Research Council (CSIC)

http://www.marinebiotech.eu/sites/marinebiotech.eu/files/public/images/conference/presentations/05ArrietaJesusM.pdf

 

Biodiversity and Gene Patents. Luciana Costa Brandão. Júlia Paludo.

https://www.ufrgs.br/ufrgsmun/2013/wp-content/uploads/2013/10/Biodiversity-and-Gene-Patents.pdf

 

関連条約

生物多様性条約

http://www.mabs.jp/archives/joyaku/joyaku_02.html

https://www.cbd.int/convention/articles/default.shtml?a=cbd-15

 

 

*1 A long and winding road - International discussions on the governance of marine biodiversity in areas beyond national jurisdiction

Elisabeth Druel, Julien Rochette, Raphaël Billé, Claudio Chiarolla (IDDRI)

http://www.iddri.org/Publications/A-long-and-winding-road

 

*2 外務省の資料

Intellectual Property Rights and Marine Genetic Resources of the Areas beyond National Jurisdiction

Shotaro Hamamoto, Professor of the Law of International Organizations

Graduate School of Law, Kyoto University

http://www.mofa.go.jp/files/000141433.pdf